
前回、「相手の自由を尊重するということ」
という記事を書きました。
その後、改めて考えていて気づいたことがあります。
それは、
自由に選ぶことと、自己信頼は
深くつながっているということです。
わたしは、人が自由に選択するためには、
自分自身を信頼できていることが大切だと思っています。
なぜなら、
自分を信頼できない時、
人はどうしても外側に答えを求めてしまうからです。
「あの人が正しいと言うなら。」
「みんなが選んでいるなら。」
「有名な人が勧めているなら。」
そんなふうに、
自分の外側にある基準を頼りたくなります。
もちろん、
人から学ぶことは大切です。
経験者の知恵や専門家の知識に
助けられることもたくさんあります。
わたし自身も、多くの人から学んできました。
けれども、
本当に良い学びとは何だろうと考えた時、
わたしはこう思うのです。
それは、
その人が最終的に自分の足で立てるようになること。
自分で考えられるようになること。
自分で選べるようになること。
そして、
自分自身を信頼できるようになること。
もし学び続けても、
「あの人がいないと決められない。」
「あの人が何と言うかが気になる。」
「正解を教えてもらわないと不安になる。」
そんな状態のままだとしたら、
それは本当の意味で力になっているとは言えないのかもしれません。
わたしは時々、それを
補助輪に例えることがあります。
補助輪は悪いものではありません。
自転車に乗る練習をする時には、
とても役立ちます。
けれども、
補助輪の目的は、
ずっとつけ続けることではありません。
いつか外して、
自分で走れるようになることです。
もし補助輪を外せないままになっていたらどうでしょう。
本人は進んでいるように感じるかもしれません。
けれども、本当の意味で
自分の力で走っている感覚は得られないかもしれません。
これは、
人間関係や学びの世界でも同じように感じます。
人によっては、
恐怖や不安を使って人を引き留めようとすることがあります。
「これをやめたら不幸になる。」
「この人から離れたら成功できない。」
「今すぐ決断しないと手遅れになる。」
そうした言葉は、
一見すると人を導いているようにも見えます。
けれども、その奥では、
「自分では選べない。」
「自分では判断できない。」
「外側に正解がある。」
という感覚を強めてしまうことがあります。
結果として、
自分を信頼する力は育ちにくくなります。
人生のハンドルを握っているようで、
実は誰かに握ってもらっている状態です。
わたしは、本来の人間の姿は
そうではないと思っています。
人は一人ひとり、
自分で感じる力を持っています。
考える力を持っています。
選ぶ力を持っています。
もちろん、
間違うこともあります。
迷うこともあります。
失敗することもあります。
けれども、
それらを含めて人生なのだと思います。
誰かが用意した正解を
追い続ける人生よりも、
「私はこう感じる。」
「私はこう選ぶ。」
と生きる人生のほうが、
生きている実感があるのではないでしょうか。
自分で選び、自分で責任を引き受ける。
その積み重ねが
自己信頼を育てていくのだと思います。
そしてわたしは、
人と人との理想的な関係も、
依存ではなく自立の上に成り立つものだと感じています。
誰かに従う人と、従わせる人。
正解を持つ人と、正解を教わる人。
そんな関係ではなく、
それぞれが自分の足で立ちながら出会う関係です。
それぞれが自分の感覚を持ち、
それぞれが自分の考えを持ち、
それでも互いを尊重しながら関わる。
そこから新しい発想や創造が生まれていく。
わたしはそんな関係に希望を感じます。
だからこそ、
相手を尊重するということは、
相手をコントロールしないことなのだと思います。
相手を不安で動かさないこと。
相手の選択を奪わないこと。
そして何より、
相手の選ぶ力を信頼すること。
それが本当の意味での
尊重なのではないでしょうか。
そして同時に、
自分自身の選ぶ力を信頼すること。
その自己信頼こそが、
幸せの魔法使い☆まみ
性を通して本来の自分に還る
心・身体・性を整え、人生を再構築する
電話番号:08053094890
営業時間:10:00~17:00
所在地 : 山形県北村山郡大石田町大字大石田乙690-1 サロン情報はこちら