浄化で爆速!願望達成☆体験100日チャレンジ第3弾20日目 「嫌いじゃないから残す」から、「私はこれを選ぶ」へ。断捨離で気づいた人生の選び方

「嫌いじゃないから残す」から、「私はこれを選ぶ」へ。
断捨離で気づいた人生の選び方
最近、少しずつ断捨離をしています。
ただ物を減らしたいというよりも、
「未来の私は、どんなものを身の回りに置いているだろう?」
そんなことを考えながら、今の自分の身の回りにあるものを、一つひとつ見直しています。
そんな中で、ふと気づいたことがありました。
それは、
好きでもない。
でも、嫌いでもない。
そんなものが、意外と身の回りに残っているということです。
嫌いなものなら、「もういらない」と比較的簡単に気づけます。
壊れていたり、明らかに使わなくなったものも、手放す判断がしやすい。
でも、
「別に嫌いじゃない」
「まだ使おうと思えば使える」
「特に困っているわけでもない」
そんなものは、なかなか気づきません。
ずっとそこにあるうちに、いつの間にか日常の風景になってしまうからです。
「残っている」と「残す」は違う
もちろん、好きでも嫌いでもないものを持っていてはいけないわけではありません。
それを残すのも、一つの選択です。
でも今回、私が気になったのは、
「私はこれを残したいから残している」のか、
「捨てる理由がないから、なんとなく残っている」のか。
という違いでした。
外から見れば、どちらも同じように「その物を持っている」状態です。
でも、自分の中ではまったく違います。
「私はこれを残す」と決めたのであれば、そこには自分の意思があります。
一方で、
「嫌いじゃないから」
「まだ使えるから」
「なんとなく」
という理由だけで置き続けているものは、自分で選んだというより、選択しないまま時間だけが過ぎていることもあります。
そして私は、
これって、物だけではなく人生にもあるのではないだろうか?
と思いました。
人生にも「なんとなく残っているもの」がある
仕事、人間関係、習慣、暮らし方。
私たちの人生には、
「ものすごく嫌なわけではない」
「今すぐ変えなくても困らない」
「このままでも一応やっていける」
というものが、たくさんあると思います。
だから、そのままでも生きていくことはできます。
でも、
「このままでもいい」と、
「私はこれを選んでいる」は、同じではない。
嫌ではないから続けているのか。
それとも、
「今の私は、これを続けたい」
と自分で選んでいるのか。
その違いは、とても小さなものに見えて、実は大きいのではないかと思います。
自分で「こうしよう」と決めなければ、物事はそのまま動かないことがあります。
それが悪いという意味ではありません。
ただ、何も選ばなければ、それまでの流れがそのまま続いていくことも多い。
だからこそ人生では、大きな決断だけではなく、
小さなことから「私はどうしたい?」と自分に問い、自分で決めていくことが大切なのではないか。
断捨離をしながら、そんなことを感じました。
白か黒だけが「決める」ではない
そして、もう一つ気づいたことがあります。
「自分で決める」というと、
YESかNOか。
やるか、やらないか。
残すか、捨てるか。
そんなふうに、白か黒かを決めなければいけないようにも感じます。
でも、そうではないんですよね。
グレーを選んでもいい。
「今はまだ分からない」
「もう少し使ってから考えたい」
「今すぐ答えを出したくない」
そう思うのであれば、
「今は保留にする」と自分で決めればいい。
それも立派な選択です。
答えが出ないことと、何も考えずに放置することは違います。
「今は答えが出ない。だから、今は決めないことにする」
そこに自分の意思があるのなら、それも自分で選んだ人生の一部なのだと思います。
大切なのは、自分の人生に自分が参加すること
そう考えていくと、人生を自分で選ぶというのは、すべてのことに明確な答えを出し続けることではないのだと思います。
大切なのは、
自分の人生を無意識のまま放置しないこと。
「私はこれが好きだから選ぶ」
「これはもう必要ないから手放す」
「これはまだ分からないから、今は保留にする」
どの答えでもいい。
そのときの自分が感じ、考え、自分なりに決める。
それを繰り返していくことが、自分の人生を生きるということなのかもしれません。
未来の自分なら、これを選ぶだろうか?
今回、私は断捨離をしながら、
「未来の自分なら、これを持っているだろうか?」
という視点で物を見るようになりました。
もちろん、未来がどうなるかなんて分かりません。
だから未来を当てようとしているわけではありません。
むしろこれは、
「私はこれから、どんな自分として生きていきたいのだろう?」
と、今の自分に問いかけているのだと思います。
未来を想像することで、今の自分の望みが見えてくる。
そして、その未来につながるものを、今日一つ選んでみる。
断捨離という、とても日常的な行動の中にも、そんな人生の選択があるのだと気づきました。
「嫌いじゃないから残す」から、
「私はこれを選ぶから残す」へ。
そして、
「分からないから放置する」から、
「今はグレーにすると決める」へ。
人生は、大きな決断だけでつくられているわけではないのだと思います。
今日何を残すのか。
何を手放すのか。
何を保留にするのか。
そんな小さな選択の一つひとつにも、自分の意思を戻していく。
そうして少しずつ、
「なんとなく続いている人生」から、
「私が選んでいる人生」へ。
断捨離をしながら、私はそんなことを改めて感じました。