浄化で爆速!願望達成☆体験100日チャレンジ第3弾57日目 悪魔のことを考えていたら、「人間はなぜ祈るのか」にたどり着いた




悪魔のことを考えていたら、「人間はなぜ祈るのか」にたどり着いた


 

ふと、こんなことを思いました。

 

「悪魔」と呼ばれるような存在は、神よりも前から、悪魔という名前ではなくても存在していたのだろうか?

 

もちろん、本当にそのような存在がいたのかという話ではありません。

 

人間が「自分たちには到底及ばない、大きな力を持った何かがいるのではないか」と考えることは、いつ頃から始まったのだろう?という疑問です。

 

 

 

 

 

 

人間にはどうすることもできない「何か」


 

昔の人たちは、今よりずっと自然と直接向き合いながら生活していました。

 

雨が降らなければ、作物が育たない。

 

雨が降りすぎても、作物が駄目になってしまう。

 

嵐や洪水が起これば、家や畑が失われることもある。

 

病気が流行っても、なぜ病気になったのか分からない。

 

現代のような気象予報も、医学も、科学的な説明もありません。

 

そんな世界で生きていたら、

 

「これは一体、何が起こっているんだろう?」

 

と思うのは、とても自然なことだったのではないでしょうか。

 

最初から「神様」や「悪魔」という、人間のような姿をした存在を想像していたとは限りません。

 

もっと漠然と、

 

自然の中には、人間には到底及ばない「何か」がある。

 

雨を降らせる何か。

 

風を吹かせる何か。

 

作物を育てる何か。

 

ときには、人間の命まで奪ってしまう何か。

 

そんなふうに感じていた人たちもいたのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

怖いのは「見えない存在」ではなく、「何が起こるか分からないこと」なのかもしれない


 

考えているうちに、もう一つ気づいたことがありました。

 

人間が怖かったのは、「見えない存在」そのものではなかったのかもしれません。

 

本当に怖かったのは、

 

「次に何が起こるか分からないこと」

 

だったのではないでしょうか。

 

今年は雨が降るのか。

 

作物はちゃんと実るのか。

 

家族は病気にならずに冬を越せるのか。

 

この病気はいつ終わるのか。

 

明日も無事に生きていられるのか。

 

しかも、その「分からない」は、現代の私たちが感じる未来への不安よりも、ずっと直接的に命と結びついていた場合もあったでしょう。

 

今の私たちには、天気予報があります。

 

病気になれば医療があります。

 

食べ物は、自分で育てなくてもお店で買うことができます。

 

雨風をしのげる家があり、電気があり、水道があります。

 

もちろん、現代でもすべての人の安全が保障されているわけではありません。

 

それでも、生きるためのたくさんの仕組みに守られていることは、改めて考えると本当にありがたいことだと思います。

 

 

 

 

 

 

何もできないより、「できること」があったほうが安心する


 

でも昔は、原因さえ分からないことがたくさんあった。

 

そんなとき、

 

「神様が怒っているのかもしれない」

 

「何か大きな存在が関係しているのかもしれない」

 

と考えたとします。

 

すると、

 

祈ってみよう。

 

収穫した穀物を捧げよう。

 

供物をしてみよう。

 

みんなで儀式をしてみよう。

 

という「できること」が生まれます。

 

もちろん、それによって本当に雨が降ったのか、本当に病気が治ったのかという因果関係とは別の話です。

 

けれど、

 

「何もできない」

 

という状態から、

 

「自分たちにできることをした」

 

という状態には移ることができます。

 

それだけでも、不安の大きさは違ったのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「機嫌の分からない親」と少し似ていると思った


 

ここで私は、親子関係のことを思い浮かべました。

 

たとえば、親の機嫌が日によって大きく変わる家庭にいたとします。

 

子どもには、なぜ親の機嫌が悪いのか分かりません。

 

すると、

 

「私が何かしたのかな?」

 

「いい子にしていたら怒らないかな?」

 

「明るくしていたら、お父さんも機嫌がよくなるかな?」

 

と考えることがあります。

 

本当は子どもとは関係のない理由で親の機嫌が悪かったのかもしれません。

 

それでも、

 

「こうすれば大丈夫」

 

という方法があったほうが、子どもにとって世界は少し予測しやすくなります。

 

自然に対する祈りや儀礼にも、一部にはこれと似た心理があったのかもしれないと思いました。

 

雨が降らない。

 

理由が分からない。

 

怖い。

 

でも、

 

「何か大きな存在が怒っているのかもしれない」

 

と考えれば、

 

「では、祈ってみよう」

 

という行動が生まれます。

 

理解できない世界に原因を見つけて、そこに働きかける方法を作る。

 

それは、不確実な世界の中で安心して生きるための、人間なりの知恵でもあったのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

昔の人は、どうしてそこまで信じられたんだろう?


 

私はこれまで、昔の宗教や悪魔、魔術、呪術などについて知ると、

 

「どうして昔の人は、そこまで見えない存在を信じたり、恐れたりしたんだろう?」

 

と思うことがありました。

 

現代から見ると、迷信のように感じることもあります。

 

でも今回、

 

「もし私自身が、その時代に生まれていたら?」

 

と考えてみました。

 

現代の知識を持ったまま昔へ行くのではありません。

 

科学的な気象予報も知らない。

 

細菌やウイルスについても知らない。

 

現代医学も知らない。

 

自分が生まれ育った村では、昔から、

 

「こういうときには、こうして祈るんだよ」

 

「こういうものを捧げるんだよ」

 

と教えられている。

 

もしそんな世界に私が生まれていたら。

 

たぶん私も祈ったと思います。

 

「こうするといいよ」と教えてもらったら、やってみたと思います。

 

家族を守りたいから。

 

自分も生きたいから。

 

できることがあるなら、やっておきたいから。

 

そう考えたら、昔の人たちとの距離が急に縮まったように感じました。

 

 

 

 

 

 

変わったのは「人間」よりも、人間を取り囲む世界なのかもしれない


 

昔と今では、生活環境は大きく違います。

 

科学も医学も発達しました。

 

自然について分かることも、とても増えました。

 

それでも人間は、

 

未来を知りたい。

 

大切な人を失いたくない。

 

健康でいたい。

 

安全に暮らしたい。

 

何が起きているのか知りたい。

 

自分にできることがあるなら、やっておきたい。

 

そう思います。

 

ここは、昔の人とそれほど変わっていないのかもしれません。

 

未来についても同じです。

 

どれだけ科学が進歩しても、私たちは未来そのものを見ているわけではありません。

 

だから今でも、

 

「これからどうなるんだろう」

 

「私は大丈夫かな」

 

と思うことがあります。

 

昔と現代では、その不安への向き合い方や、利用できる知識や方法が変わった。

 

けれど、

 

安心して生きたい。

命を守りたい。

大切な人を守りたい。

 

という人間の根っこの部分は、案外変わっていないのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

「生きる」から「どう生きる」へ


 

そして現代の日本では、少なくとも昔と比べれば、生きるための土台を社会の仕組みに支えてもらえる場面が増えました。

 

蛇口をひねれば水が出る。

 

お店に行けば食べ物がある。

 

雨風をしのげる家がある。

 

病気になれば医療を受けられる。

 

だからこそ、私たちは昔とは違う方向から「命」を考えるようになったのかもしれません。

 

「今日、生き延びられるだろうか」

 

だけではなく、

 

「私は、どう生きたいんだろう?」

 

「私は何を大切にしたいんだろう?」

 

「私は何を感じているんだろう?」

 

「私はどんな人なんだろう?」

 

と。

 

生きることから、どう生きるかへ。

 

そこから自分自身を知っていくことも、現代に生きる私たちなりの「命を知る」ということなのかもしれません。

 

悪魔についてふと思った小さな疑問から始まったのに、ずいぶん深いところまで来ました。

 

でも考えてみると、神も、悪魔も、祈りも、魔術も、その背景にはいつも、それらについて考えた「人間」がいます。

 

だから歴史を知ることは、昔の不思議な世界を知るだけではなく、

 

「人間って、どんな生き物なんだろう?」

 

と知っていくことでもあるのかもしれません。

 

そして昔の人を知ろうとすることは、巡り巡って、

 

今を生きている自分自身を知ることにもつながっている。

 

今回、そんなことを感じました。







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