まっさらな瞳

こんにちは。

このブログ「まっさらな瞳」へようこそ。

 

ここは、あなたが本来の自分を思い出し、心をオープンにして、毎日を軽やかに、そして自分らしく生きるためのヒントをお届けする場所です。

 

私たちは生まれたとき、誰もが純粋な瞳を持っています。その瞳の奥には、ありのままの自分がいて、世界と柔らかくつながりながら輝く力があります。けれど、日々の生活や人との関わりの中で、その純粋さや自由さを忘れてしまうこともあります。

 

このブログでは、

 

自己信頼や内なる叡智を思い出すこと

 

自分らしい生き方を育む気づき

 

夢を叶えながら、心地よく輝く日々のヒント

 

などを、私自身の体験や講座での学びとともにお届けしていきます。

 

ヒーラー養成講座やセクシャルウェルネスなどの学びも、この「真っさらな瞳」という視点で統合され、あなたの中の本来の力を呼び覚ますきっかけになれば嬉しいです。

 

さあ、一緒に、目を覚ましたばかりの赤ちゃんのような、真っさらな瞳で、毎日を見つめてみませんか。


知識が可能性を狭めるとき


 

知識は、たくさんあればあるほど良い。

 

そう思うことはありませんか。

 

もちろん、知ることで世界が広がり、新しい可能性に気づくこともあります。

 

でも、知識や情報が増えることで、かえって動きにくくなることもあると思うのです。

 

例えば、何か新しいことに挑戦したいと思ったとき。

 

失敗するかもしれない。

 

こんな危険があるらしい。

 

もっと勉強してからの方がいいのではないか。

 

そんな情報ばかりを集めているうちに、最初の「やってみたい」という気持ちが小さくなってしまうこともあります。

 

もちろん、必要な情報を集め、慎重に判断することは大切です。

 

でも、知識を持っていることと、知識に縛られることは違う と思うのです。

 

知識は、自分の可能性を広げるために活用できるもの。

 

だからこそ、ただ増やすのではなく、自分にとって必要な情報を選び、どう活かすかを考えたい。

 

知っていることの多さよりも、その知識を使って自分がどう生きるか。

 

そこを大切にしていきたいと思います。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから


身軽に生きるという豊かさ


 

最近、私は暮らしをもっとシンプルにしていきたいと感じています。

 

といっても、何もない殺風景な暮らしをしたいわけではありません。

 

お気に入りのものに囲まれた、すっきりとしたおしゃれな暮らし。

 

そんな暮らしに憧れています。

 

そして、もう一つ大切にしたいことがあります。

 

それは、動きたいと思ったときに、サッと動ける自分でいること。

 

例えば、お引っ越し。

 

使っていないものや必要のないものをたくさん持っていると、荷造りにも時間がかかります。

 

新しい場所へ移りたいと思っても、荷物の整理が負担になることもあります。

 

私自身、そんな経験を何度もしてきました。

 

だからこそ、必要なもの、大切なものを選んで暮らしていきたい。

 

物を持つことが悪いわけではありません。

 

大切なのは、持ち物に自分の行動を制限されないこと。

 

身軽になるのは、小さく生きるためではない。

 

もっと自由に、自分の人生を楽しむため。

 

そんなシンプルな暮らしを目指していきたいと思います。





魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから



未来のために、今を忘れない

 

お金は、貯めた方がいい。

 

そんな言葉をよく耳にします。

 

もちろん、貯蓄は大切です。

 

将来やりたいことが見つかったとき、すぐに行動できるように。

 

欲しいものが見つかったとき、手に入れられるように。

 

もしものときに備えられるように。

 

お金を貯めることには、いろいろな意味があります。

 

でも、貯めること自体が目的になってしまったら、どうでしょう。

 

未来のために節約を続け、今の自分が楽しみたいことまで我慢してしまう。

 

それでは、少しもったいないように感じます。

 

もちろん、無駄遣いを勧めたいわけではありません。

 

使う目的がなければ、貯めておくのも一つの選択です。

 

大切なのは、何のために貯めるのか、何のために使うのか。

 

未来の自分も大切。でも、今ここにいる自分も同じくらい大切。

 

未来に備えることと、今を楽しむこと。

 

その両方を大切にしながら、自分らしくお金と付き合っていきたいと思います。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから



余白は、埋めなくてもいい


 

何も予定が入っていない休日。

 

何も置かれていない空間。

 

そんな余白を見ると、何かで埋めたくなることはありませんか。

 

私たちは、何かを足すことに価値を感じる一方で、何もない状態を不足しているように感じることがあります。

 

でも、本当にそうなのでしょうか。

 

予定がないから、好きなときに出かけられる。

 

物が少ないから、お気に入りのものを迎え入れられる。

 

何も決まっていないから、新しいことを自由に選べる。

 

余白は、まだ何かが足りない場所ではなく、これから何でも選べる場所。

 

そして、その余白を必ず何かで埋める必要もありません。

 

ただゆっくり過ごす時間があってもいい。

 

何もしない時間を楽しんでもいい。

 

減らすことは、可能性を減らすことではありません。

 

むしろ、可能性が動き出す余白をつくることでもあるのだと思います。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

 

現状を変えたいなら、まずはここから



人生は、足し算ばかりじゃなくていい

 

私たちは、何かを増やすことを良いことだと思いがちです。

 

もっと知識を増やそう。

 

もっと経験を積もう。

 

もっと人脈を広げよう。

 

もちろん、それらは人生を豊かにしてくれることもあります。

 

でも、ふと思うのです。

 

そこに「今の自分には何かが足りない」という前提が隠れていることはないでしょうか。

 

何かを足さなければ、今の自分では十分ではない。

 

そんな思いから、増やし続けようとしてしまうこともあるのかもしれません。

 

でも、私は思います。

 

今の自分のままで十分。そのうえで、もっと楽しみたいから何かを選ぶ。

 

それでいいのではないでしょうか。

 

増やしてもいい。

 

減らしてもいい。

 

何も増やさなくてもいい。

 

大切なのは、自分が何を望んでいるのか。

 

人生は、足し算ばかりじゃなくていいのです。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから



無理に増やさないご縁


 

先日、SNSでこんな言葉を目にしました。

 

「誰と関わるかだけでなく、誰と関わらないかも大切」

 

それを見て、ふと思ったことがあります。

 

人間関係は、増やせば増やすほど豊かになるのでしょうか。

 

もちろん、新しい出会いによって世界が広がることもあります。

 

でも、人脈を増やすこと自体が目的になってしまうと、自分にとって必要のない関係まで増えてしまうこともあります。

 

私は今、積極的に人脈を増やしたいとは思っていません。

 

だからといって、人との出会いを避けたいわけでもありません。

 

大切なのは、数ではなく、自分の人生がどのように豊かになるかということ。

 

無理に増やさなくてもいい。

 

自然に生まれたご縁を楽しみ、大切にしたい関係を大切にする。

 

そして、必要のない関係を無理に維持しなくてもいい。

 

ご縁は、増やすことだけが大切なのではない。

 

自分にとって心地よい関わり方を、自分で選んでいきたいと思います。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから



人生は、足し算ばかりじゃなくていい

 

 

先日、SNSでこんな言葉を目にしました。

 

「誰と関わるかだけでなく、誰と関わらないかも大切」

 

人間関係では、誰と関わるかが大事だとよく言われます。

 

でも、この言葉を目にしたとき、ふと思ったことがありました。

 

私たちは、何かを増やすこと、付け足すことが良いことだと思いすぎているのではないだろうか。

 

例えば、人脈を増やすこと。

 

たくさんの人と出会い、つながりを増やし、交流を広げていく。

 

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

 

新しい出会いによって世界が広がることもありますし、人生が豊かになることもあるでしょう。

 

でも、そもそもなぜ増やそうとするのでしょうか。

 

そこに、無意識のうちに「今の自分には何かが足りない」という前提が隠れていることはないでしょうか。

 

もっと人脈があれば。

 

もっと知識があれば。

 

もっと何かを手に入れれば。

 

今よりも素晴らしい自分になれる。

 

そんなふうに、何かを付け足すことで自分を完成させようとしてしまうこともあるのかもしれません。

 

でも、本当にそうなのでしょうか。

 

私は、今の自分に何かが欠けているから、何かを足さなければならない とは思わないのです。

 

今の自分のままで十分。

 

そのうえで、もっと経験したいことがあれば経験すればいいし、学びたいことがあれば学べばいい。

 

出会いたい人がいれば、新しい出会いを楽しめばいい。

 

不足を埋めるためではなく、自分の人生を楽しみ、豊かにするために。

 

そんな選択ができたら素敵だなと思います。

 

 

 

 

 

 

足すことで、余計なものまで増えてしまうこともある


 

何かを増やすということは、必ずしも良いものだけが増えるとは限りません。

 

人間関係も同じです。

 

たくさんの人とつながることで、楽しい時間や新しい発見が増える一方、自分にとって必要のない付き合いや、負担になる関係まで増えてしまうこともあるでしょう。

 

だからこそ、ただ増やすことを目的にするのではなく、自分にとって本当に大切なものを選んでいく。

 

そんな視点も必要なのではないかと思いました。

 

もちろん、何でも減らせばいいということでもありません。

 

大切なのは、足すことでも引くことでもなく、自分が何を望んでいるのかを知ること。

 

そして、その望みに合わせて、自分自身で選択していくことなのだと思います。

 

 

 

 

 

 

自分の人生の操縦席に座るために


 

最近、私は自分の人生をもっとシンプルにしていきたいと感じています。

 

それは、何もかも減らして、できるだけ小さな世界で生きたいということではありません。

 

自分の人生の操縦席に、しっかりと自分が座っていたいのです。

 

周囲の価値観や世間の常識に合わせて、何かを増やし続けるのではなく、自分にとって必要なもの、大切にしたいものを、自分で選んでいく。

 

人とのご縁も同じです。

 

無理に増やさなくてもいい。

 

だからといって、無理に減らす必要もない。

 

自然に生まれたご縁を楽しみ、大切にしたい関係を大切にする。

 

そして、自分にとって必要のない関係を、無理に維持しなくてもいい。

 

それは誰かを否定することでも、冷たいことでもなく、自分自身の人生を大切にする選択なのだと思います。

 

 

 

 

 

 

豊かさは、数では決まらない


 

人脈の数。

 

持っているものの数。

 

学んできたことの数。

 

経験してきたことの数。

 

それらが多いほど人生が豊かになるとは限りません。

 

たくさん持っていても満たされないこともあれば、少なくても十分に幸せを感じられることもあります。

 

何かを増やすことで豊かになることもあれば、何かを手放すことで豊かになることもある。

 

そして、今あるものをそのまま味わうことが、豊かさにつながることもあるでしょう。

 

人生は、足し算ばかりじゃなくていい。

 

引き算をしてもいい。

 

何も増やさなくてもいい。

 

今の自分のままで、十分に満ちていてもいい。

 

そのうえで、これから何を迎え入れ、何を大切にして生きていくのか。

 

それを自分自身で決めていく。

 

私にとって、自分の人生の操縦席に座るというのは、そういうことでもあるのだと思います。

 

人生を豊かにするために、何かを増やし続ける必要はない。


自分が望む豊かさに合わせて、自分の人生を整えていけばいい。

 

そんなふうに、これからも自分自身の人生を楽しんでいきたいと思います。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから



サンクコストについて考えていたら、

昔の恋愛のことを思い出しました。

 

その頃の私は、

「サンクコスト」という言葉すら知りませんでした。

 

でも振り返ってみると、

恋愛の中でも、私はそれに引っ張られていたことがあったのだと思います。

 

好きな人がいて、

何度か自分からアプローチをしていました。

 

でも、なかなか相手から思うような反応はない。

 

本当は途中から、

 

「もういいかな」

 

という気持ちも、

少し出てきていたように思います。

 

それでも私は、

 

「ここまで頑張ったんだから」

 

「これだけ時間も気持ちも使ってきたんだから」

 

「ここでやめたら、今までの努力が無駄になってしまう」

 

そんなふうに思って、

また相手の方向へ進もうとしていました。

 

そして恋愛の場合、

買い物などとは少し違う難しさがあります。

 

まだ結果が出ていないんですよね。

 

付き合えたわけでもない。

 

でも、

はっきり断られて終わったわけでもない。

 

だから、

 

「あと少し頑張ったら何か変わるかもしれない」

 

「ここでやめたら、諦めたことになる」

 

「後から別の人が現れて、その人と付き合ったら悔しい」

 

そんな思いも出てきます。

 

可能性がゼロだと証明されていないからこそ、

やめることが難しくなる。

 

でも今振り返ると、

こんな問いを自分にしてあげてもよかったのだと思います。

 

「今の私は、この人の方向へまだ進みたいかな?」

 

「この人との方向へ」ではありません。

 

まだ二人で一緒に歩いているわけではないから。

 

相手は相手の場所にいる。

 

こちらを向くかどうかも、

相手が決めること。

 

そのうえで、

 

私はまだ、この人の方向へ進みたい?

 

過去にどれだけ頑張ったかではなく。

 

どれだけ時間を使ったかでもなく。

 

今の私の気持ちは、どうなんだろう。

 

もし、

 

「うん。私はまだこの人が好き。

もう少し自分から動いてみたい」

 

と思うなら、

それも一つの選択だと思います。

 

でも、

 

「ここまで頑張ったんだから」

 

「今やめたら、今までが無駄になるから」

 

だけが私を前へ押しているのだとしたら、

一度立ち止まってもいいのかもしれません。

 

過去の自分が、

その人を一生懸命好きだったこと。

 

勇気を出したこと。

 

相手のことを考えたこと。

 

時間を使ったこと。

 

それらは、

恋が実ったかどうかで無かったことにはなりません。

 

あのときの私は、本当に好きだった。

 

それだけで、

その時間はその時間として存在しています。

 

だから、

過去の自分の頑張りを正解にするために、

今の自分が同じ方向へ進み続けなくてもいい。

 

そして私はもう一つ、

恋愛について思うことがあります。

 

私は以前、

恋愛をすると自分の操縦席から降りてしまうような感覚になることがありました。

 

「あの人は今、何をしているんだろう」

 

「あの人は私をどう思っているんだろう」

 

「あの人は振り向いてくれるだろうか」

 

気がつけば、

相手のことばかり考えている。

 

自分の人生なのに、

自分の目線がずっと相手を追いかけている。

 

それは私にとって、

とても苦しいことでした。

 

だから私は、

もしこれからまた誰かを好きになることがあったとしても、

 

恋愛をしながら、

自分の人生の操縦席には

自分で座っていたいと思います。

 

好きになってもいい。

 

夢中になってもいい。

 

相手のことを考える日があってもいい。

 

心が揺れることだって、

きっとあると思います。

 

それでも、ときどき自分に戻ってくる。

 

「私は今、どうしたい?」


「私はこの人の方向へ、まだ進みたい?」

 

そして、

 

相手が私をどう思うかだけではなく、

 

「私は、どんな関係を生きたい?」

 

と自分に聞いてあげる。

 

恋愛の結果を、

すべて冷静に判断できる人になりたいわけではありません。

 

好きという気持ちは、

そんなに簡単に割り切れるものではないから。

 

それでも私は、

 

誰かを好きになったときにも、

自分の人生を見失わない私でいたい。

 

相手の人生の操縦席ではなく、

 

私の人生の操縦席に、私が座っている。

 

そんな恋愛ができたらいいなと思います。






魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから






たくさん受け取ることより、本当に欲しいものを受け取ること


 

私が商品や講座を作るときに、大切にしていることがあります。

 

それは、シンプルで、丁寧で、わかりやすく、本当に大切なことを伝えること。

 

情報をたくさん詰め込むことよりも、一番大事なところ、本質となる部分をしっかりお届けしたいと思っています。

 

なぜなら、私自身がそういうものに価値を感じているからです。

 

 

 

 

 

 

たくさんもらえることと、欲しいものを受け取ることは違う


 

例えば、何かを購入するとき。

 

「今なら特典が付いてきます!」

「こんなにたくさんのおまけが付いてきます!」

 

そんな言葉を聞くと、なんだか得した気持ちになりますよね。

 

私もそうです。

 

八百屋さんで野菜や果物を買って、おまけをいただけたら、とても嬉しいです。

 

でも、例えばフライパンを買うときに、鍋敷きやトング、まな板などが付いてきたらどうでしょう。

 

もちろん、欲しかったものなら嬉しい。

 

でも、本当は必要としていなかったものだったら?

 

無料でもらえたから得した気持ちにはなるけれど、実際には使わずにしまっておくことになるかもしれません。

 

そして、一度自分のものになったものは、なかなか手放せなかったりもします。

 

そう考えると、たくさん受け取ることが、必ずしも自分にとって豊かなこととは限らないんですよね。

 

 

 

 

 

 

情報や価値観も同じかもしれない


 

これは物だけではなく、情報についても言えることだと思っています。

 

私たちは日々、たくさんの情報に触れています。

 

誰かの考え方。

誰かの価値観。

誰かが良いと言っていること。

誰かが正しいと言っていること。

 

それらを知ること自体は、決して悪いことではありません。

 

新しい世界を知るきっかけにもなります。

 

でも、そのすべてを自分の中に取り入れる必要はあるのでしょうか。

 

本当は欲しくなかった情報。

 

自分にはしっくりこない価値観。

 

自分で考えて選んだわけではない考え方。

 

そういうものまで、いつの間にか自分のものとして抱えてしまうことがあるかもしれません。

 

そして、それが当たり前になってしまうと、自分が本当は何を望んでいるのか、何を大切にしたいのか、わからなくなってしまうこともあると思うのです。

 

 

 

 

 

 

自分の人生を生きるということ


 

私は、自分の内面を整えるうえでも、こうしたことは大切だと感じています。

 

あれも大事。

これも必要。

こうするべき。

こう考えるべき。

 

そんなふうに、知らず知らずのうちに受け取ってきたもの。

 

でも、それは本当に自分が望んで選んだものでしょうか。

 

誰かにとっての正解が、自分にとっての正解とは限りません。

 

誰かにとって価値のあるものが、自分にとっても価値のあるものとは限りません。

 

だからこそ、ときどき自分に聞いてみたいんです。

 

「私は本当にこれが欲しい?」


「私は本当にそう思っている?」


「これは私が大切にしたいもの?」

 

そんな小さな問いかけが、自分自身を知るきっかけになると思っています。

 

 

 

 

 

 

本当に大切なものを受け取った、その先に


 

私が講座や商品を作るときも、基本的には一番伝えたい核となる部分から組み立てています。

 

もちろん、必要に応じて内容を広げたり、そこから本当に必要なものを選び抜いたりもします。

 

でも、目指しているのは情報量を増やすことではありません。

 

本当に必要なものを、わかりやすく丁寧にお届けすること。

 

そして、受け取った方が、そこから自分で考え、自分なりに感じ、経験し、応用していけること。

 

私は、そこにも大きな価値があると思っています。

 

何もかも答えを渡されるよりも、自分自身で考えて見つけた答えには、その人ならではの意味があるからです。

 

同じことを学んでも、感じることや考えることは人それぞれ。

 

そこから自分だけの世界が広がっていく。

 

それもまた、学ぶことの楽しさではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

自分にとっての豊かさを、自分で選ぶ


 

たくさん持っていることが豊かさだと感じる人もいるでしょう。

 

必要なものだけに囲まれていることが豊かさだと感じる人もいるでしょう。

 

どちらが正しいということではありません。

 

大切なのは、自分が何に価値を感じ、何を望んでいるのかを知ること。

 

そして、それを自分で選べること。

 

もらえるから受け取るのではなく、欲しいから受け取る。

 

誰かが正しいと言ったから信じるのではなく、自分でも考えてみる。

 

誰かの価値観を否定する必要もなければ、すべてを自分のものにする必要もありません。

 

自分にとって大切なものを、自分で選んでいいんです。

 

私は、そんな小さな選択の積み重ねが、自分自身との信頼関係を育て、自分の人生を生きることにつながっていくのだと思っています。

 

たくさん受け取ることより、本当に欲しいものを受け取ること。

 

そして、

 

誰かの正解で自分をいっぱいにするより、自分自身の答えを大切にすること。

 

自分の人生を豊かにするものは、案外そんなシンプルなところにあるのかもしれません。






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現状を変えたいなら、まずはここから



物産展や果物屋さんで、

同じ種類のブドウがたくさん並んでいるとき。

 

私は、その中から

 

「この色が好き」

「この粒の感じが好き」

「この形がいいな」

 

と思うものを選びます。

 

ブドウが大好きだから、

 

「できれば粒が大きくて、たくさん食べられそうなものがいいな」

 

と思うこともあります。

 

でも、それは私にとって

「得したい」とは少し違います。

 

好きだから、たくさん食べたい。

 

ただ、それだけなんですよね。

 

そう考えていたら、

私は「得した」「損した」という言葉を使わなくても生きられる人生がいいな、と思いました。

 

もちろん、これは私個人の思いです。

 

安く買えて嬉しい日もあるし、

おまけをしてもらって「得した!」と思うこともある。

 

でも、人生のいろいろなものを

いつも得か損かで測らなくてもいい。

 

「どっちがお得?」

 

ではなく、

 

「私はどっちが好き?」

 

「どちらを選んだら、私は嬉しい?」

 

そんなふうに選んでもいい。

 

以前、子どもの頃に好きだった

ひもつき飴のことを思い出しました。

 

一般的には、大きな飴が「当たり」だったのかもしれません。

 

でも私が一番好きだったのは、

小さないちご味の飴。

 

色も、形も、味も好き。

 

だから私にとっては、

それが100%の当たりでした。

 

誰かが決めた価値とは関係なく、

 

「私はこれが好き」

 

それだけで、私の中では十分だったんです。

 

もしかしたら豊かさって、

 

どれだけ得したかでも、

どれだけ多く手に入れたかでもなく、

 

「好き」と感じられるものが、

自分の世界にどれだけあるか

 

なのかもしれません。

 

好きな色。

好きな形。

好きな味。

好きな香り。

好きな場所。

好きな時間。

好きな人。

好きなこと。

 

そうやって自分の「好き」を知って、

一つずつ自分の世界に増やしていく。

 

それは、とても静かだけれど、

とても豊かなことなのだと思います。

 

得か損かではなく、

 

「私は、これが好き」

 

その感覚を大切にして生きていきたい。

 

豊かさは、

得した量ではなく、

「好き」と感じられた量なのかもしれない。





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「わあ、損した」

 

私たちは日常で、

こんな言葉をよく使います。

 

だから私は今まで、

「損した」というのも一つの感情のように捉えていました。

 

でも、よく考えてみたら、

 

「損した」って感情ではないのかもしれません。

 

その奥にある本当の気持ちは、

 

「残念だった」

「悔しかった」

「こっちが欲しかった」

 

なのかもしれない。

 

そんなことを考えていたら、

子どもの頃の駄菓子屋さんの「ひもつき飴」を思い出しました。

 

束になったひもの中から一本を選んで引っ張ると、

その先に飴がついている。

 

大きな飴もあれば、

小さないちご味の飴もあります。

 

一般的には、大きな飴を引いたら「当たり」。

小さな飴なら「外れ」なのかもしれません。

 

でも私は、

その小さないちご味の飴が一番好きでした。

 

だから私にとっては、

小さないちご飴こそ「当たり」。

 

大きな飴を引いたら、

 

「わあ、大きい!嬉しい!」

 

と思いながらも、

 

「いちご飴がよかったな」

 

と、ちょっと残念だったりする。

 

そう考えると、

「当たり」「外れ」も面白いものです。

 

誰かが決めた当たりと、

私にとっての当たりは違う。

 

そして私の場合は、

お金を払ってひもつき飴を引ける時点で、もう嬉しい。

 

ひもを選ぶ。

引っ張る。

何が出てくるんだろうとワクワクする。

 

その体験を受け取った時点で、

もう私にとっては「当たり」だったのだと思います。

 

もしかしたら私たちは、

 

「残念だった」

 

という気持ちまで、

 

「損した」

 

という評価に置き換えていることがあるのかもしれません。

 

だったら「損した」と思ったとき、

少しだけその言葉の奥を見てみる。

 

私は本当は、何を感じたんだろう?

 

残念だった?

悔しかった?

期待していた?

本当はこっちが欲しかった?

 

そうすると、

得か損かという採点ではなく、

自分自身の気持ちが見えてくる。

 

誰かが決めた「当たり」ではなく、

 

私にとっての「当たり」は何だろう?

 

人生でも、ときどきそんなふうに

自分に聞いてみてもいいのかもしれません。




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何かを学びたくて、

本や教材、講座を買ったとします。

 

お金を支払って、

欲しかった商品を受け取る。

 

まず、その交換はそこで成立しています。

 

そして、私はその先を

「支払ったお金を回収する時間」

と考えなくてもいいのではないかと思っています。

 

そこから始まるのは、私の体験です。

 

「面白そう。やってみたい」

 

実際に触れてみたら、

 

「やっぱり面白い。もっとやってみたい」

 

と思うかもしれない。

 

反対に、

 

「思っていたのと違った」

「これは私には合わないな」

 

と気づくかもしれません。

 

でも、それも一つの体験です。

 

自分には何が合っているのか。

何が好きなのか。

何には心が動かないのか。

 

実際に触れたからこそ、わかることがあります。

 

そして、自分に合うものなら、

そこからさらに学びや経験が広がっていく。

 

だから私は、買った後に

 

「元を取らなくちゃ」

 

と考えるより、

 

「私はこれに触れて、何を感じるんだろう?」

 

と考えてみたい。

 

合っていたことも、

合わなかったことも、

好きだったことも、

思っていたのと違ったことも、

 

全部、自分を知るための経験になる。

 

支払いと商品の交換は、そこでひと区切り。

 

その先に始まるのは、

損を取り戻すための時間ではなく、

 

私自身の新しい体験です。





魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから



サンクコストについて考えていて、

私はもう一つ気づいたことがありました。

 

なぜ私たちは、

 

「元を取りたい」

「損したくない」

 

と思うのでしょう。

 

もちろん、お金が惜しいという気持ちもあると思います。

 

でも、その奥には時々、

 

「私は損をした人だと思いたくない」

 

という気持ちもあるのかもしれません。

 

「私の選択は間違っていなかった」

 

そう証明したくなる。

 

だから、本当はもうやりたくないのに続ける。

 

本当は別のことをしたいのに、

 

「ここまでやったんだから」

「元を取るまでは」

「もったいないから」

 

と、自分を引き止める。

 

「もったいない」という言葉が罪悪感を連れてきて、

本当はもう見えている次の道へ進むことを遅らせてしまうこともあります。

 

でも、損をしたとしても、

私自身が「×」になるわけではありません。

 

「あの選択は、今振り返ると私には合わなかったな」

 

それだけでもいい。

 

過去の選択を正解にするために、

今の自分を使い続けなくていい。

 

だから、

 

「元を取るにはどうしたらいい?」

 

ではなく、

 

「今の私は、本当はどうしたい?」

 

と聞いてみる。

 

もうやめたい。

違うことをしてみたい。

こっちへ行ってみたい。

 

そんな答えが出てきたなら、

私はその声を大切にしたい。

 

得した私にも、

損した私にもならなくていい。

 

私はただ、

今の私が望んでいる方向へ進んでいけばいい。

 

過去の選択を証明することより、

これからの人生をつくることに、

私の時間とエネルギーを使っていこう。




魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから




私たちは日常の中で、

 

「得した」

「損した」

 

という言葉をよく使います。

 

お店でおまけをしてもらったら、

「得した!嬉しい」と思う。

 

500円で買ったものが、

別のお店では450円だったら、

 

「あ、損したかも」

 

と思う。

 

それ自体は自然なことだと思います。

 

でも私は最近、

この「得・損」という物差しについて考えるようになりました。

 

たとえば、欲しかった服が半額で買えたとき。

 

本来の喜びは、

 

「この服が好き」

「これを着たい」

「素敵なものに出会えた」

 

だったはず。

 

でもいつの間にか、

 

「半額で買えた」

「こんなに得した」

 

ということのほうが、喜びの中心になることがあります。

 

得した=いい選択。

損した=悪い選択。

 

得した=勝ち。

損した=負け。

 

そんなふうに、自分の選択まで採点してしまう。

 

でも、

 

500円で買ったものが翌日450円だったからといって、

昨日の私が間違っていたことになるわけではありません。

 

「こっちのお店のほうが安かったんだ」

 

それは、次の選択肢が一つ増えただけ。

 

だから私は、

 

「得か損かは、ちょっと横に置いておこう」

 

と思います。

 

そして、自分に聞いてみる。

 

「私は、どうしたい?」

 

得か損かという評価より、

自分の「好き」「やってみたい」「欲しい」に戻ってみる。

 

損得は、出来事を見る物差しの一つ。

 

自分自身につける点数ではないのだと思います。





魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから


「もう本当はやりたくない」

 

「もう興味がなくなっている」

 

そう思っているのに、

 

「でも、高かったから」

「せっかく買ったから」

「ここまでやったから」

「もったいないから」

 

そんな理由で、やめられなくなることがあります。

 

これは「サンクコスト」と呼ばれるものにも関係しています。

 

すでに使ったお金や時間がもったいなくて、本当はもう違う方向へ進みたいのに、その場にとどまってしまう。

 

でも、過去に払ったお金は変えられなくても、

これから使う時間とエネルギーの行き先は変えることができます。

 

私はここが、とても大切だと思っています。

 

「元を取らなくちゃ」

「ここでやめたら、もったいない」

 

そう思ったとき、一度こんなふうに自分に聞いてみる。

 

「もし、これまでに何も払っていなかったとしたら、私は今日からこれをやりたい?」

 

答えが「もうやりたくない」なら、

もしかしたら心はもう次の方向を向いているのかもしれません。

 

過去の元を取るために、

これからの未来まで支払わなくていい。

 

これからの時間とエネルギーは、

これから望む人生のために使っていい。

 

手放すことは、負けることではありません。

 

過去に向いていた意識を、

「私はこれからどうしたい?」へ向け直すこと。

 

その瞬間から、

また新しい可能性の扉が開いていくのだと思います。





魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

現状を変えたいなら、まずはここから



前回、「自分の色を消さない」ということを書きました。

 

好きな人に好かれるために、

本当は好きではない服を着たり、

好きではない髪型にしたり、

好きではないものを選んだりする。

 

そこから考えていて、これは恋愛だけの話ではないなと思いました。

 

たとえば、

 

本当はAが好き。

 

でも、周りのみんなはBを選んでいる。

 

「私だけ違ったらどうしよう」

「変だと思われたら嫌だな」

 

そんな不安から、本当はAが好きなのにBを選ぶ。

 

もちろん、状況に合わせて自分とは違う選択をすることが必要なときもあると思います。

 

いつでも「自分の好きなようにする」ことだけが、自分を大切にすることではありません。

 

でも、それが人生のいろいろな場面で繰り返されていったらどうでしょう。

 

本当はこっちが好き。

でも、みんながあっちだから。

 

本当は嫌。

でも、嫌われたくないから。

 

本当はやりたくない。

でも、期待されているから。

 

本当はこうしたい。

でも、普通はこうするものだから。

 

そうやって一つひとつ選んでいくうちに、

 

自分の人生なのに、自分の感覚が意思決定に参加していない。

 

そんな状態になってしまうことがあるのではないかと思いました。

 

「自分を消す」というと、少し強い言葉に聞こえるかもしれません。

 

でも、自分の中にはちゃんと、

 

「私はこれが好き」

「私はこれは嫌」

「私はこうしたい」

「これはしたくない」

 

という感覚があるのに、それを毎回なかったことにしてしまったら、

 

自分の人生の中で、自分の声がだんだん小さくなってしまいます。

 

だから私は、

 

「自分の色を消さない」ということは、自分の人生にちゃんと自分を居させてあげることなのかもしれない

 

と思いました。

 

これは、いつでも自分の意見を押し通すということではありません。

 

人と生きていれば、譲ることもある。

相手に合わせることもある。

状況を考えて、第一希望ではないものを選ぶこともある。

 

でも、その前に、

 

「私は本当はどうしたい?」

 

と自分に聞いてあげる。

 

本当はAが好きだけど、今日は事情があるからBを選ぼう。

 

それなら、ちゃんとそこに「私」がいます。

 

Aが好きだった自分を消していないから。

 

そして、これが「自分とつながる」ということの一つなのかもしれません。

 

自分とつながるというと、何か特別なことのように聞こえることもあります。

 

でも実際には、

 

今日何を食べたい?

これは好き?

これは嫌?

今、疲れてる?

本当はどうしたい?

私はどう感じている?

 

そんな小さな自分の声に、自分自身が気づいてあげること。

 

そして、その声を必ず叶えてあげられなくても、

 

「そうなんだね。私はそう思っているんだね」

 

と、まず聞いてあげること。

 

それだけでも、自分との関係は少しずつ変わっていくのではないでしょうか。

 

恋愛でも、人間関係でも、仕事でも、日常の小さな選択でも。

 

周りの声だけで自分の人生を決めるのではなく、

 

そこにちゃんと、自分の声も参加させてあげる。

 

自分の色を消さない。

 

自分の声を置いていかない。

 

自分の人生に、ちゃんと自分を居させてあげる。

 

それが、自分と仲良くなっていくことの一つなのだと、私は思います。







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現状を変えたいなら、まずはここから



先ほど、「愛されるために自分を我慢しなくていい」ということを書きました。

 

そのことを考えていて、もうひとつ思ったことがあります。

 

たとえば、好きな人に好かれたくて、

 

本当は好きではない服を着る。

本当は好きではない髪型にする。

本当は好きではないメイクをする。

 

そして、その姿を彼が「素敵だな」と思ってくれたとします。

 

やがてお付き合いするようになって、誕生日や記念日が来たとき。

 

彼が一生懸命、

 

「これ、似合うと思って」

 

とプレゼントを選んでくれた。

 

でも、それが自分にとっては全然好みではない服やアクセサリーだったとしたら。

 

なんだか、とても切ないなと思ったんです。

 

彼は何も悪くない。

 

むしろ、私が喜ぶと思って、一生懸命考えて選んでくれたのかもしれません。

 

でも彼が見ていた「私」は、彼に好かれたくて作った私だった。

 

だから、彼がその私に似合うものを選んでくれたとしても、本当の私は心から喜べない。

 

そうなったら、彼にも申し訳ないし、私自身も苦しいと思うんです。

 

だから私は、好かれるために自分を作りたくない。

 

好きな服を着たい。

好きな髪型をしたい。

好きなメイクをしたい。

 

そして、そんな私を見てもらいたい。

 

もちろん、好きな人の影響を受けて、

 

「こんな服も着てみたい」

「今まで知らなかったけど、これも好きかも」

 

と世界が広がっていくことは、とても素敵なことだと思います。

 

でも、

 

「私は好きじゃないけれど、あなたに好かれるためにこうする」

 

とは、少し違う。

 

あなたに愛されるために、あなた好みの私になるのではなく、

 

私は私として、あなたの前にいたい。

 

そして、そんな私をあなたが好きになってくれたら嬉しい。

 

私も、あなたをあなたとして好きになりたい。

 

誰かを好きになることで、自分の色を消すのではなく、

 

あなたと出会ったことで、私の世界に新しい色が増えていく。

 

私は、そんな恋愛がいいなと思います。






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現状を変えたいなら、まずはここから


昔、恋愛のテクニックとして、

 

「好きと言わない」

「会いたいと言わない」

「連絡は短くする」

「すぐに誘いに応じない」

 

そんな方法を知ったことがありました。

 

理由は、男性は「自分のものになった」と安心すると、追いかけなくなってしまうから。

 

だから、すべてを見せない。

簡単には手に入らない女性でいる。

男性から追いかけてもらえる女性になる。

 

当時の私は、それを知って、

 

「こんなことができる女性になったら、幸せな恋愛ができるのかな」

 

と思ったことがありました。

 

 

 

自分を大切にすること。

体調が悪いときには無理して会わないこと。

自分を大切にしてくれない人に、いつまでも時間や労力を注がないこと。

 

これは今でも「素敵だな」と思うところもあります。

 

 

 

でも、久しぶりにこの考え方を思い出してみて、今の私は少し違うことを感じました。

 

私は、好きだと思ったら「好き」と伝えたい。

 

会いたいと思ったら、「会いたい」と言いたい。

 

嫌だと思ったら、「それは嫌だ」と伝えたい。

 

嬉しかったら、思いきり喜びたい。

 

もちろん、いつでも全部を伝えなければいけないわけではありません。

 

言いたくないときは、言わなくていい。

 

一人でいたいときは、一人でいていい。

 

 

 

 

大切なのは、

 

「私は、本当はどうしたいんだろう?」

 

ということなのだと思います。

 

 

 

たとえば、もともとLINEが苦手で、短い文章の方が心地いい人もいます。

 

一人の時間が好きで、恋人と頻繁に会わなくても寂しくない人もいます。

 

「好き」という言葉をあまり使わなくても、まったく我慢していない人もいるでしょう。

 

上品できれいめな服装が、本当に自分の好みという人もいます。

 

その人にとって、それが自然なのであれば、何も問題はありません。

 

恋愛テクニックとして紹介されている方法と同じ行動をしていたとしても、それがその人の自然体なら、その人に合った恋愛の仕方なのだと思います。

 

 

 

 

でも、

 

本当は長いメッセージを送りたいのに、短くする。

 

本当は会いたいのに、追わせるために会わない。

 

本当は好きと伝えたいのに、相手が安心してしまわないように言わない。

 

本当は着たい服があるのに、男性から好かれるために違う服を着る。

 

 

 

 

そうなったとき、私は少し立ち止まりたくなります。

 

「私は誰のために、自分を変えようとしているんだろう?」

 

愛されるために自分を大切にすることと、

自分が自分を大切にしたいから、自分を大切にすること。

 

似ているようで、私には少し違って見えます。

 

 

 

そして、

 

「男性はこういうものだから」

「こうすると男性は追いかけてくるから」

 

という考えを基準にすると、目の前の相手ではなく、「男性とはこういうもの」という頭の中の男性像に、自分の行動を合わせることにもなります。

 

 

 

でも、目の前にいる人は、その人自身です。

 

好きと言ってもらうことが嬉しい人かもしれない。

 

相手からも「会いたい」と言ってほしい人かもしれない。

 

たまには相手からデートに誘ってもらいたい人かもしれない。

 

 

 

だから私は、「男性とはこういうもの」というルールより、

 

私はどう感じている?

あなたはどう感じている?

 

その二つを持ち寄って、二人の関係を知っていきたい。

 

恋愛は、誰かを自分に夢中にさせるためのテクニックではなく、

 

二人の間に生まれるものを、一緒に育てていくこと。

 

少なくとも、私はそんな恋愛がしたいと思っています。

 

 

 

好きなら、好きと言える。

 

会いたいなら、会いたいと言える。

 

嫌なら、嫌と言える。

 

今日は会いたくないなら、それも言える。

 

そして相手にも、同じ自由がある。

 

 

 

どちらかが相手を追わせるのでも、

どちらかが相手を追い続けるのでもなく、

 

私からあなたへ。

あなたから私へ。

 

それぞれの自然な気持ちが行き来する。

 

 

 

私は、そんな「循環する関係」が好きなのだと思います。

 

 

 

 

恋愛の方法を知ることよりも、

 

その方法を使っている自分に、

 

「私は今、心地いい?」

 

と聞いてみる。

 

 

 

そこで「うん、これが私」と思えるなら、その方法はきっと自分に合っている。

 

でも、もし苦しくて、

本当の気持ちを飲み込んでいて、

「愛されるためだから」と自分に言い聞かせているのなら、

 

その方法を手放してもいい。

 

 

 

愛される方法に自分を合わせるのではなく、

 

自分でいられる関係を育てていく。

 

今の私は、そちらを選びたいと思っています。






改めてやっぱり私は、「男性に好かれるために、女子アナウンサーのような服を着る」

私はこれが一番できないかもしれません。


だって、その服が私の好みじゃなかったら、私は自分のお金を払ってまで買いたいと思わないから。


自分のお金で服を買うなら、私は「これが好き」「これを着たい」と思うものにお金を使いたい。


もちろん、普段とは違う服を着てみて「こんな私も新鮮で楽しい」と思うなら、それも素敵。


でも、「男性からこう見られたいから」という理由だけで、自分が好きでもないものを選ぶことは、今の私には合わないかな。

服一枚でも、「私は何が好き?」を大切にしたい。^^







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思考・感情は、願いのオーダーではありません


 

スピリチュアルや引き寄せの法則では、

 

「考えたことが宇宙にオーダーされる」

「ネガティブな感情でいると、ネガティブな出来事を引き寄せる」

 

といった表現を耳にすることがあります。

 

でも私は、思考・感情と、願い・意図は別物だと考えています。

 

思考は、自然に頭に浮かんでくるもの。

 

感情も、出来事に触れたときに自然に湧き上がってくるもの。

 

「失敗したらどうしよう」

「あの人大丈夫かな」

「悲しいな」

「腹が立つな」

「怖いな」

 

人間として生きていれば、いろいろなことを考え、いろいろな感情を感じます。

 

それは、人間に備わっている自然な心の働きです。

 

だから、ふとネガティブなことを考えたからといって、それが自分の「願い」になるわけではありません。

 

悲しみや不安、怒りを感じたからといって、それを自分が望んでいるわけでもありません。

 

もし「考えたこと、感じたことがすぐ宇宙にオーダーされる」と思ってしまったら、

 

「こんなこと考えちゃダメ」

「ネガティブな気持ちになっちゃダメ」

 

と、自分の心を監視するようになってしまいます。

 

それって、とても窮屈ではないでしょうか。

 

だから私は、思考や感情を怖がらなくていいと思っています。

 

「あ、今私はこんなことを考えているんだな」

 

「今、悲しいんだな」

 

「今、イライラしているんだな」

 

まずは、そうやって自分に気づいてあげる。

 

無理に消そうとしたり、ポジティブに変えたりしなくてもいい。

 

そして、願いや意図はそのあとで、

 

「私はどうしたい?」

「私はどんな方向へ進みたい?」

 

と、自分で選んでいけばいいのです。

 

思考や感情は、自然に湧いてくるもの。

 

願いや意図は、自分で選んでいくもの。

 

だから、何を考えても大丈夫。

何を感じても大丈夫。

 

自分の心を怖がらずに、まずは今の自分に気づいてあげてください。




思考や感情は、排除するものではなく、人間に備わった働きです。

だから、自分の中に浮かんだものを危険物のように扱わなくてもいい。

考えること、感じることと、それを願うことは別です。

そして、何を感じていても、その先で「私はどうしたい?」を自分で選ぶことができます。





魂が震える歓喜の人生に Dive into Joy

 

 

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